手書き履歴書に対する考え方で、就活の合否がわかるかも

手書きの美しい履歴書を20分掛けて拵えて「ふー、よく頑張った!」と満足する人よりも、「なんでこんな無駄なことやらなきゃいけないんだ…デジタルでよくね?」と怒りを覚える人の方が、これからの時代にふさわしい人材です。

前者は「問題意識を持たず慣習に従う鈍感な人材」、後者は「常に問題を探し、常識を破ってでも、能動的に問題を解決しようする人材」ともいえるでしょう。ぼくは間違いなく後者と一緒に仕事がしたいです。
http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/22041

ラブレターは、ワープロ打ちが読みやすくてよい?!

ワープロよりも、代筆よりも、自筆のほうがよさそうですね。いまどきラブレターなんてかかないよという人は、メールより電話のほうがよさそうですねに置き換えてみてください。

なぜ、よさそうに思うのでしょうか?

安易に真心とかそんな風に考えてはダメですよ。

企業(経営者)が求めてる人材はどういう人材か?

常識を破って、能動的に問題を解決する人達でしょうか?ということです。どっちかというと、そういう人たちは我が強すぎる傾向にあるので、敬遠される傾向にあるかもしれません。またどっちかというと、就活する人でなくて、自分で事業を起こすタイプの人です。

これからの経営者にふさわしい人と、これからの労働者にふさわしい人とでは、全然違います。人材といっても立場が違えば、求められるものが違うわけです。

就活する(労働者)タイプは、なんでこんな無駄なことをしなくてはいけないのか?と怒りを覚えつつ、それでもその通りこなすのが、ベターなんです。ベストでなくて、ベター。

企業は、優秀な人よりも従順な人を求めてるのです。要は、使いやすい人を望んでいるわけです。組織で利益を出し、また個々の人材に依存しない方向で利益をだすというビジネスモデルですから、そうなるのは当然のことです。

その企業が個人の才覚に依存したビジネスモデルを採用してるのなら別ですが、そうでないのなら履歴書は?


履歴書を書く時間のコストについてはどう考えるのか?

採用する企業側は手書きであろうと、ワープロ打ちであろうと、コストは変わらないから、コストを建前とした改善は無意味なんです。

そもそも写真は必要なの?

オーストラリアとか写真を貼らない感じなんですけどね。日本でそういう議論が起こりにくいのは、写真を貼るのはお金で解決できるコストで、貼ること自体はたいして手間暇でないからだと思う。

検索して調べる限りでは、英語圏?欧米圏?では写真を貼る人は少ないみたいです。まあ、実際に少ないかどうかは別にして、英語圏の企業に出すときの履歴書は、英語圏のルールに従った履歴書を出すことになるかと思います。

合理的かどうかよりも、ルールに従ったものを出すわけですよね?

手書きの履歴書の問題点と就活とは別個に考えるべき

利害が生じない人たちの意見や考えなんて、雑談以上の意味を持ちえません。

手書きの履歴書は非効率的だと思いますが、逆にそこが他人との競争?に勝つ一つの材料になりえることを忘れないでいただきたいと思います。

誰もが簡単にできることは、出来て当たり前なので、競争の要素を1つなくすという結果にしか至りません

履歴書は事前に手書きで数十枚書いておきましょう

時間があるときに、事前に用意しておけばよいだけなのです。こういう簡単なことも、創意工夫です。常識的だけど、能動的に問題を解決する人たちです。文句を言ってる程度では、何も解決していません。

自分探しの手間暇を省く

簡単に自己分析をする方法

履歴書よりも、自分探しの手間暇を省いたほうがよいと個人的には思います。上記の引用先の記事のように、エゴグラムでかなり深いところまで、ほぼ自動的にわかります。

関連記事

手書きの履歴書が嫌いな奴とは一緒に働きたくない | ただの通りすがり

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスは公開されません。
また、コメント欄には、必ず日本語を含めてください(スパム対策)。