「絶対、内定できる方法」なんてないのに、つい信じてしまう心理について

この世の中に「絶対」なんてことはないというのは分かっていても、ついそういう記事を信じてしまうのが人間かとは思う。

これ、「絶対に儲かります」だと怪しいとおもえても、「絶対に内定できる」だと、そんなに怪しく思えないんですね。

これは、発言をする人が容易に読み取れるかそうでないかの違いがあるかとは思います。

絶対もうかりますという場合は、騙そうとか搾取しようとかそういう意図がうっすらとでも見えるから「怪しい」と思って用心するわけですね。

じゃぁ、「絶対に内定できる」ということを言いだす人たちは、どういう意図があるのか?と考えてみることも大事でしょう。

その意図は、たいして害がないかもしれないが、しかしその言ってること・書かれてることを信じたために、馬鹿を見るというのは十分ありえるでしょう。

発言内容だけでなくて、誰が発言しているか?という立場をみることも大事

相手の立場に立って考えるということは、あるときにはその相手を疑うということになったりはします。

端的にいえば、善意からの発言なのか?なんらかの悪意があるのかだけでなくて、何らかの意図があるのか?という部分が大切なわけです。

方法はいろいろあるけど、感情を乱すというのが効果的に使われる

・感情を高揚させる
・反感を抱かせる

感情が揺さぶられるときは、その発言には注意したほうがよいかと思う。

死なない限り、生きている的な論理

死なないなんて言ってないんだけど、なんだか死なない気分になれるという論理

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