「自分と言う殻」に閉じ籠ると、就活は失敗しやすい

熱意が伝えることが必要とよく言われるが・・・

なぜ熱意を伝えることが必要かといえば、

1.相手や周りに合わせる意思があること
2.少々の理不尽なことがあっても耐えれるということ

があるからだと思う。

採用する側は、採用した後は、生身の人間として扱てくれないことがほとんどだが、採用する時点では、生身の人間であることを要求するのである。

熱意不足の本当の意味?!

そして、「手当たり次第受けてみる」作戦の決定的な問題点が浮き彫りになった。それは、熱意の不足、もしくはやる気のなさである。僕の就活のスタンスは「僕はこんな性格の人間です。採用するかしないかは、御社が決めてください。」という形であった。「どうしても御社でなければダメなんだ。」「御社で働きたいんだ」という熱意が欠けていた。それが、不採用の原因となってきたのだ。
25歳ニートの就活論


たぶん、違う可能性が高い。
だって、学生(大学院生)の時の就活の時からそうなんだから。

 学生(大学院生)の頃は、受ける企業を少数に絞って、就職活動をすることにしてた。手当たり次第に受けるよりも、少ない企業に絞って企業のことを深く研究したほうが、企業側には熱意が伝わるだろうと思ったからだ。



 しかし、結果はどこも1次面接で不採用。筆記試験はほとんどの企業で通るのに、面接になると落ちる。
 その結果、「こんなに入りたいという意志があるのに、落とすなんてひどい」という負の感情と「どうせ、僕はどこを受けてもダメなんだ」というモチベーションの低下が生まれた。それでも、周囲の人の支えにより、少しずつ企業や公共団体の試験を受けて行った。そして、2月。ようやく就職が決まった。1年の契約職員だけど。
25歳ニートの就活論


就活の時期にもよるが、氷河期でもなく、また業界や職種などによるものがなければ、

おそらく当人の性格(パターン)が、企業の採用担当者や取締役たちが受け入れがたいんじゃないかなという場合に多いかなと思う。

基本能力はクリアしてるが、性格に難ありと思われてるケース。
この場合の性格に難ありというのは、人間性とは関係ない。

たとえば、慈善事業向きな性格の人は、難ありとされがちなのをみればわかる。

しかし、「大学院生」「研究」とかなんで、一般論が通用しにくそうな感じではある。

そして、僕は1年間そこの会社で働いた。しかし、やっても失敗ばかり。イメージしていた仕事とは全然違う。職場の人との意見は合わない。円満な人間関係を作るために、もしくは職務を遂行するために、素の自分を殺し、つねに偽りの自分を演じなければならなかった。「言いたいことが言えない」という状態がずっと続いた。(1つだけ補足すると、いわゆるブラック企業ではない。福利厚生はちゃんとしているし、法律はちゃんと守ってるし、離職率も低い)
25歳ニートの就活論


・失敗
・人間関係

性格に難ありタイプに多い傾向な気が・・・。

採用の決め手=安心感

>「採用の決め手となる何かが足りない。やりたいという熱意が見えてこない。
>たとえ、貴方が熱意を持っていたとしても、この面接で感じとることができない。
>後日、もう一度面接をしましょう。そのときまでに、もっと業界研究をして、弊社に入りたい
>ということをアピールできるようにしておいてください。」

一次面接の壁を突破し、なんとか辿り着いた二次面接。そこで、社長さんに言われたセリフがこれだった。
25歳ニートの就活論


決め手がないというのは事実で、
それは、熱意でも業界研究でもでもなくて、

生身の目の前の人間の心を動かそうとか、生身の人間を相手にしようとか、そういう意識が不足してるからではないかと思う。

「自分と言う殻」に閉じ籠る傾向にあるけど、まあそういうことを言ってもらえる場合は、誠実な人に多いとは思う。でも、そういう人たちは、結局その言葉を誤解して受け取って、また迷走しだすんだと思うんですね。

・やりたいという熱意
・入りたいという熱意

を真に受けるのなら、

特に入りたくない会社で、特にやりたくない仕事なんだけど、そういう場合はどうしたらいの?って話ですね。

で、世の中の人は、みんな心底入りたいと思って面接をうけ、やりたいと思う仕事だと思って会社選びしてるかというとそういう人はごく一部。

じゃぁ、みんなどうやって、面接突破して、採用されてるの?とか考えないと・・・・。

「自分探し」「業界研究」をやって、迷走している就活生は少なからずいる。たぶん、本質を勘違いする限り、迷走するんじゃないかなと思う。

「自分探し」「業界研究」もやってないのに、採用を決めてくる人たちのことも忘れてはいけない。

熱意というのは、「生活に困ってるので働かないとダメなんです」でも、採用されることは多い気はするけど・・・。

転職活動の場合は、新卒の就活みたいな「熱意」なんか要求されず、もっと「アットホーム&さばさばた感じ」で進めることが多いのが実情。それは、たぶんですね、既に社会人として働いているので、熱意?の確認なんてする必要がないからだと考えることができます。

たぶん、熱意と言うよりかは、そこで働く覚悟みたいなものなのかもしれない。

まあ、なんでも例外があって、人当たりがよいとか、カリスマ性があるとかで、何の苦労なく採用される人たちだっています。そういう人が話すと、その人に引き込まれてしまうんですね。その内容に実態があまりなくても・・・。

「自分と言う殻」に閉じ籠る

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個人的には別に悪いとは思わないんですが、ただ、就活とかのときには不利な性格パターンになるだけの話かと思います。

そういう人と一緒に働くのも嫌がる人が多いのも事実かと思う。

実際には、周りのほうが可能性だってあるんですけどね。自分たちが好きなことを仕事にできないという現状において、その価値観を周りにも押し付けるとかそういう感じのところをみれば・・。

社会とは、会社とは、そういうところなんだ的な・・・。

だから、社会生活するのには損する性格パターン程度の話かと思う。

本当は、少しの変化を求められているだけなのかもしれない

うまくいかないと、全否定的な思想におちいることがあるが、ほとんど何も悪いところはなくて、ほんの少しだけ改善すると、途端にうまくいき出すケースもある。

そういう人たちは、採用する側もなんとなくわかって、それとなく助言してくれることが多いと思う。今回のケースもその系統な気がする。

「ほんの少し」なのに、根本論にはまると、迷走してしまうかもとは思う。

「ほんの少し」というのは、髪型変えましたとかその程度でも、効果があった場合もある。いやいや、ほかは全然変わっていないといえばそうなんだけど、髪型を変えてみようか?という意思が意外と大事なのかもしれない。

まあ、外見から受けるイメージが大きいっていう側面もあろうかとは思う。

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